【ウマ娘】メジロマックイーンの評価やステータスなど

ウマ娘

大西沙織
現在ウマ娘がどういったゲームになるのか未だ分かっていません。
この記事は仮暫定版のようなものなのでゲームの情報が公開され次第更新していきたいと思います。
何も書かないのもアレなので元ネタとなったメジロマックイーンの情報を書き連ねていきます。

家族構成

父:メジロティターン
母:メジロオーロラ
半兄:メジロデュレン
半弟:メジロダーウィン

幼い頃は病弱で、熱を出したり怪我をする事も多かったそうな。
ちなみにメジロ牧場なので同期の馬にもメジロライアン、メジロパーマーなどがいて「メジロ87年組」と呼ばれていました。

競争成績

4歳新馬:1着
ゆきやなぎ賞(500万下):2着
あやめ賞(500万下):3着
渡島特別(500万下):2着
木古内特別(500万下):1着
大沼S(900万下):1着
嵐山S(1500万下):2着
第51回 菊花賞(G1):1着
第39回 阪神大賞典(G2):1着
第103回 天皇賞(春)(G1):1着
第32回 宝塚記念(G1):2着
第26回 京都大賞典(G2):1着
第104回 天皇賞(秋)(G1):18着(降)
第11回 ジャパンC(G1):4着
第36回 有馬記念(G1):2着
第40回 阪神大賞典(G2):1着
第105回 天皇賞(春)(G1):1着
第37回 産經大阪杯(G2):1着
第107回 天皇賞(春)(G1):2着
第34回 宝塚記念(G1):1着
第28回 京都大賞典(G2):1着

第51回 菊花賞

骨膜炎の発症が響いて仕上がりが遅れ、マックがデビューしたのは4歳と遅めながらも初戦は3着以下に10馬身以上の差をつけてしっかり勝利・・・しかし骨膜炎が完治しておらずその後は3連敗・・・からの休養。
復帰後は菊花賞に向けて嵐山ステークスに出走するも2着となり(これは純粋に騎手が悪いと思いますが)、賞金不足に陥って菊花賞に出れなくね?と危ぶまれるも回避馬が出たのでなんとか出走、2着のホワイトストーンに1馬身1/4差をつけ優勝しました。
ちなみに3着はライアンだったので実況が「メジロでもマックイーンの方だ!」って叫んでますけど確かに少しややこしいですもんねw

第103回 天皇賞(春)

有馬記念は馬主の意向でライアンに獲らせる為に回避(このレースはオグリキャップが獲った)、メジロ牧場の「親子3代天皇賞制覇」という最大の目標を達成する為に騎手も内田浩一から武豊に変更される程の本気っぷり。
まずは阪神大賞典を圧勝するとその勢いのまま天皇賞(春)へ出走、メジロライアンやホワイトストーン達を下して優勝、騎手の武は北野豊吉オーナーの遺影を馬上で掲げてメジロ牧場の悲願達成をアピールしました。

第104回 天皇賞(秋)

宝塚記念ではライアンに敗れ2着になるも次の京都大賞典は快勝したので「こりゃイケるね」という事で天皇賞(秋)に出走、2着に6馬身差の圧勝・・・かと思いきや斜行して進路妨害した為に18着の降着という結果に。
本田騎手は落馬しそうになってたし岡部騎手がマジギレしたってのも当然かなーと思います・・・ガッツポーズとかしてる場合じゃないよ武さん・・・
そんな事があったからか、その後のジャパンカップも4着、有馬記念も2着と結果が揮わず翌年へ・・・

第105回 天皇賞(春)

阪神大賞典を勝利して駒を進めた天皇賞(春)、迎え撃つはここまで7連勝中の無敗の二冠馬トウカイテイオー。
当時はマックの騎手である武とテイオーの騎手である岡部の煽り合いもあってか「世紀の対決」と言われる程だったそうな。
まぁ蓋を開けてみれば長距離の為に生まれてきたマックが3200mを走った経験のないテイオーに負けるはずがないだろ?どんなもんだい!と言わんばかりの勝ちっぷりで春の天皇賞連覇を達成した訳ですが。
この世紀の対決を制した後は宝塚記念・・・だったのですが調教中に骨折してしまい、長期休養に入りました。
ちなみにこの時の骨折は予後不良と診断されてもおかしくない程の重症だったそうな・・・

第28回 京都大賞典

長期休養から復帰したばかりとは思えない走りで産経大阪杯をレコード勝ちしたマックは3連覇を狙って天皇賞(春)へ。
前走の勢いからまぁ間違いなく勝つと思われていたんですが・・・マックに勝つ為だけに過酷な調教を施されたライスシャワーのレコード勝ちによって春の天皇賞3連覇の夢は阻まれてしまいました。
次の宝塚記念は大外から2着のイクノディクタスを差して圧勝、そしてマックのベストレースとの呼び声も高い(僕は前走の宝塚記念が一番好き)この京都大賞典では2分22秒7という当時のレースレコードで2着のレガシーワールドに3馬身半差をつけて優勝し、史上初の獲得賞金が10億円を突破しました。
次走は天皇賞(秋)・・・だったのですがレース4日前に故障発生、そのまま引退となってしました・・・

メジロマックイーンぬいぐるみ

引退後は種牡馬になるも、さっぱりと言っていいほど結果が出ず(エイダイクインくらい?)、2006年4月3日に心不全のため死去。
とはいえ母の父としてはドリームジャーニーとオルフェーヴルの兄弟やゴールドシップ、タイセイレジェンドの4頭のG1馬が出ていたり。
なんやかんやで6歳まで現役で成績も優秀だったし、故障による休養を挟んだ以外はしっかりとローテーション通りに走ってた事を考えるとやっぱマックってすごい馬だったんだなぁと改めて思わされました。

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