【ウマ娘】ディープインパクトの評価やステータスなど

ウマ娘

青木瑠璃子
現在ウマ娘がどういったゲームになるのか未だ分かっていません。
この記事は仮暫定版のようなものなのでゲームの情報が公開され次第更新していきたいと思います。
何も書かないのもアレなので元ネタとなったディープインパクトの情報を書き連ねていきます。

家族構成

父:サンデーサイレンス
母:ウインドインハーヘア
兄:ブラックタイド
半妹:トーセンソレイユ

簡単に説明すればディープは名門牧場のお坊ちゃま。
セレクトセールでの落札価格は7000万と比較的お手頃な値段だった幼少期のディープは牝馬のように小さく、体の柔らかい馬だったそうです(調教師が本当に牡馬なのか股間を覗いて確認したとの事)。
小さい体ながらも負けん気は強かったようで、蹄を磨り減らし、血だらけになってでも常に先頭に立って走ろうとしていました。

競争成績

2歳新馬:1着(2004年12月19日、騎手・武豊)
若駒S(OP):1着(2005年1月22日、騎手・武豊)
報知杯弥生賞(G2):1着(2005年3月6日、騎手・武豊)
皐月賞(G1):1着(2005年4月17日、騎手・武豊)
東京優駿(G1):1着(2005年5月29日、騎手・武豊)
神戸新聞杯(G2):1着(2005年9月25日、騎手・武豊)
菊花賞(G1):1着(2005年10月23日、騎手・武豊)
有馬記念(G1):2着(2005年12月25日、騎手・武豊)
阪神大賞典(G2):1着(2006年3月19日、騎手・武豊)
天皇賞(春)(G1):1着(2006年4月30日、騎手・武豊)
宝塚記念(G1):1着(2006年6月25日、騎手・武豊)
凱旋門賞(G1):失格(2006年10月1日、騎手・武豊)
ジャパンC(G1):1着(2006年11月26日、騎手・武豊)
有馬記念(G1):1着(2006年12月24日、騎手・武豊)

2歳新馬

主戦騎手はディープ引退の日までその手綱を握った武豊。
上がり3ハロン(最終600mのタイム)が33秒1というとんでもない末脚を見せ付け圧勝。

若駒ステークス

4コーナーに入った時は先頭からは10馬身程の差がありましたが、直線で一気にあれよあれよと抜き去って2着と5馬身差でまたもや圧勝。
この時点で「三冠馬は確実」と言われた理由がよく分かりますよね。

皐月賞

単勝支持率63%、開始直後に躓いて少し出遅れてしまい最後方からのスタートでしたが、2着のシックスセンスに2馬身半差で勝利。
武豊はこのレースで初めてディープに鞭を使いました(ディープが本気を出そうとしなかったからだそうな)。
レース後、武豊はシンボリルドルフの主戦騎手だった岡部幸雄と同じように指を1本掲げて三冠馬宣言を行い、インタビューでは「走ってるというよりも飛んでる感じ」とコメントしていました。

東京優駿

14万人の大観衆の中、単勝支持率を更新して73%。
2着のインティライミに5馬身差をつけて勝利、キングカメハメハと同じ2分23秒3のレースレコードと共に無敗で二冠目を手にしました(無敗での二冠はミホノブルボン以来13年ぶり)。

菊花賞

京都競馬場は超満員、単勝支持率79%の元返し(賭けた分しか儲からない)状態の中、ディープは2着のアドマイヤジャパンを見事に差し切って2馬身差をつけての優勝。
これにより、ディープはシンボリルドルフ以来2頭目の無敗の三冠馬となりました。
実況の「世界のホースマンよ見てくれぇ!これがぁ!日本近代競馬の結晶だぁ!」が印象に残ってる人も多いんじゃないでしょうかw
しかしながらディープの父母ともに外国産馬じゃんというツッコミはなしで

有馬記念(2005年)

ハーツクライに半馬身差をつけられて無敗神話が打ち破られたレース。
日本調教馬として唯一ディープに勝利した馬になったハーツクライは当時はあまり注目されていない馬でした。
騎手の武豊はこの結果が相当ショックだったようで「今回は飛ばなかった」とコメント。
ちなみにハーツクライはドバイシーマクラシックで強豪揃いの海外馬達に余裕の勝利を見せちゃったりなんかして2006年の世界トップクラスの競走馬の一頭に入っていました。

天皇賞(春)

上がり3ハロン33秒5、2着のリンカーンに3馬身半差をつけて優勝。
勝ち時計では3分13秒4を記録しており、これはマヤノトップガンが保持していた記録より1秒速く、芝3200mのワールドレコードタイムとなりました。
2着のリンカーンも3着に5馬身差をつけてゴールしていたので相当速かったんですが・・・ちょっとディープが異次元過ぎましたね。

凱旋門賞

騎手の武豊が「世界にこれ以上強い馬っているのかな」と発言した事もあって日本からの客が馬券を買いまくり1番人気。
しかし直線で先頭に立つも本レースの優勝馬レイルリンク交わされ、その後プライドにも交わされて3位という結果に。
日本最強場が完敗したという事実だけでも衝撃的だったのですが、追い討ちをかけるような失格(獣医師から与えられていた器官疾患の薬がフランスでは禁止薬物の指定を受けていた為)が重なった事で日本のファンは大層落ち込んでましたね・・・
ハーツクライの時もそうでしたがディープは並ばれると弱い気がします・・・というか「海外の競馬」が一枚も二枚も上手過ぎるんですよねぇ。

有馬記念(2006年)

ディープにとってこれがラストラン。
直線では流しながらも2着のポップロックに3馬身差をつけての勝利、騎手の武豊が「生涯最高のレースが出来た」と語った通り、やはりディープは強かったと言わしめんばかりの有終の美でした。
この勝利によってシンボリルドルフやテイエムオペラオーと並んで史上3頭目の中央競馬G1七勝目に加え、2006年の世界ランキングでは最終的に1位となり、有終の美を飾った奇跡に最も近い英雄はターフを去りました。

ディープインパクトぬいぐるみ

引退後は種牡馬としてジェンティルドンナをはじめ、数々の優秀な子達を残しています。
いつかディープの子達が父の成し得なかった「凱旋門賞優勝」という夢を叶えてくれると信じています。
あと、僕はディープの子の中では「芦毛のディープ」のエイシンヒカリが好きです。

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